気になった新聞記事から
このページでは、気になった新聞記事を紹介します。
最終更新:平成23年1月25日
(Since 5/19/2003)
平成23年1月23日(日)北陸中日新聞朝刊28面
・記事内容
「風紋」(囲みの署名いりエッセイコーナー)
運転マナー
小松に転勤して半年。石川県内を車で走っていて、赤信号になっても交差点に突っ込んでくる車の多いことが気になった。黄色信号で止まった車の後ろから追い越し、信号が赤になった交差点を通過していく車さえいる。
右折車は信号が変わっても直進車が止まらないためか、赤信号を無視する形で何台も曲がり、青信号になってもしっかり左右を確認しないと車は出せないと肝に銘じた。
全国どこにも運転マナーの悪い部分はある。しかし、優れた観光地が多く「もてなし」を重視する石川県なら、よい運転マナーで客を迎えたい。
(小松支局長・飯田安彦)
・コメント
石川県の状況は「金沢見聞録」に書いたことと同旨である。ただ、この記事は、この問題が「マナー」の問題ではなく「ルール」の問題であることを看過しており、重大な認識不足がある。新聞記者、それも新聞社の偉い人がこれでは、世の中はよくならない。
自動車は、道路交通法という法律に従って運転されなければならない。当然、赤信号で交差点内を進むのは法律違反である。罰則もある。そうだとすれば、あとは警察、場合によっては、検察庁および裁判所の問題である。新聞社としては、警察、公安委員会などと連携し、「ルールを守ろう」キャンペーンをするという手もある。
(平成23年1月25日)
平成22年5月25日(火)北陸中日新聞朝刊32面
・記事内容
「風紋」(囲みの署名いりエッセイコーナー)
もったいない
金沢大学の学生の1日の平均読書時間は、21.1分、本を読む学生だけの平均は41.5分。学生の内、まったく本を読まないのが45.9%で、実に2人に1人が読書と無縁の生活をおくっている(金沢大学生協の調査から)。
若い人の活字離れは分かっているが、活字を扱う職業の人間としてつらい。
仕事を離れて思うのは、読書をしないなんてもったいないということ。生きていく中でその損失を数字で表せたら、学生たちも驚くに違いない。
(報道部長・阿部和久)
・コメント
金沢大学生協の調査が公表され、またこのように新聞に掲載されたことにより、金沢大学の学生がもはや「学生」といえるのか疑問だということが天下に知らされたような状態である。この状況を打開するために、大学としても何かしないといけないのではないか。
ちなみに、活字離れに効果があるかどうかはさておき、「ちょっと変わった読書案内」が近日公開の予定。
(平成22年5月26日)
※ということで、実は6月から金沢大学附属図書館の展示コーナー及びHPにおいて、私の「ちょっと変わった読書案内」が公開される予定であったが、附属図書館から連絡があり、公開を9月に延期したいとのことであった。内容が「ちょっと変わっ」ているため、「検閲」に引っかかるのではないかと危惧していたが、そうではないようである。
(平成22年6月3日)
※上記「読書案内」について、平成22年9月13日(月)から公開という連絡あり。
(平成22年8月20日)
※上記「読書案内」が、予定を早め、平成22年9月10日(金)から公開。 こちらから。構想5分、執筆2時間、推敲30分の超大作!!
(平成22年9月10日)
平成21年11月22日(日)北陸中日新聞朝刊23面
・記事内容
「読む野球」 (北陸中日新聞 CD(中日ドラゴンズ)監督 落合博満
(内容の都合上、全文を引用させていただきます)
秋季練習 選手自ら考えて動け
ひと言で言って、秋季練習はしたくない。シーズンが終わったら、休ませる選手は休ませる。練習する選手は自分たちで練習するっていうのが基本。自分には何が足らないのか、自発的に練習するのが本来の姿。これはあくまでも大人の考えと言っていい。
われわれの時代、ひと昔前のこと。この練習をしないと試合に出られないと思い、12月25日までに練習し、1月5、6日ごろから練習を始めたこともあった。そのころは若かったので、ここまでやらなくてもと思っていた面もある。それは2軍や1軍半選手の考え方。今のレギュラークラスと、若手の伸び悩み選手の違いはそこにある。
レギュラーはバーベル1つ持ち上げるにしても、ランニング1本走るにしても、これが何のために必要なのか目的意識がある。ところが、伸び悩んでいる選手は、今日はこれだけの時間設定をされ、指示を受け、時間が来れば終わりという指示待ち人間。自分で物事を考え、理解し、行動に移せない。
なぜ秋季練習をするか。分からないことがあれば質問すればいいのに、分からないことが分からない、何を質問すればいいか、見当もつかない。壁にぶち当たる前に、自己分析できていない。それができれば、おのずと行動は変わってくる。
われわれも経験がある。なんでこの時期まで、かったるい練習をやらされるのか、と。誰もが通る道。うまくなれば面白みが出てくるし、レギュラーになれば、追い抜かれないように必然的に練習するようになる。分かっていてやらせる方がいいのか、やらせなくてだめになるか。だめなら勝手に落ちていけばいい。
やり方が分からなければ分かるように、下手なら時間をかけ、体も頭も使うようにさせなきゃ。だからといって、言われなくなるとすぐに忘れる。やらなきゃいけないところをないがしろにすることが、選手の成長を止める。うまくなろうという選手は勝手にうまくなり、気がつかない選手は時間がかかる。力のない選手が力があるように報道され、それで洗脳されてしまう。
チームの育成を考えると、優勝を争うチームにしなくちゃいけない。1年だけの勝負じゃない。このチームは、プロ野球が存在する限り続いていく。勝負事だから負けるより勝つ方がいい。おれが求めているレベルは相当高い。これでいいってことはない。もっと高い次元を目指しているが、いくら言っても理解できていない。本当は自発的に練習してくれれば、秋季練習なんていらない。体を動かすのも、休めるのも練習。できないものが休んでどうする。下手でも、うまくなりたいという選手には手助けはする。
(構成・村井博美)
・コメント:ロースクール編−落合監督が某超難関ロースクールの研究科長だったら
(もちろんパロディです。お間違えなく!)
厳しい授業 学生自ら考えて動け
ひと言で言って、厳しい授業はしたくない。通常の授業が終わったら、休ませる学生は休ませる。勉強する学生は自分たちで勉強するっていうのが基本。自分には何が足らないのか、自発的に勉強するのが本来の姿。これはあくまでも大人の考えと言っていい。
われわれの時代、ひと昔前のこと。この勉強をしないと試験に合格しないと思い、12月31日までに勉強し、1月1日ごろから勉強を始めたこともあった。そのころは若かったので、ここまでやらなくてもと思っていた面もある。それは短答落ちや論文落ち学生の考え方。新司法試験合格者と、不合格者の違いはそこにある。
合格者は判例1つ読むにしても、例題1つ解くにしても、これが何のために必要なのか目的意識がある。ところが、不合格者は、今日はこれだけの時間設定をされ、指示を受け、時間が来れば終わりという指示待ち人間。自分で物事を考え、理解し、行動に移せない。
なぜ厳しい授業をするか。分からないことがあれば質問すればいいのに、分からないことが分からない、何を質問すればいいか、見当もつかない。壁にぶち当たる前に、自己分析できていない。それができれば、おのずと行動は変わってくる。
われわれも経験がある。なんでこの時期まで、かったるい勉強をやらされるのか、と。誰もが通る道。成績が上がれば面白みが出てくるし、合格レベルになれば、追い抜かれないように必然的に勉強するようになる。分かっていてやらせる方がいいのか、やらせなくてだめになるか。だめなら勝手に落ちていけばいい(とはいえないのが大学……)。
やり方が分からなければ分かるように、できないなら時間をかけ、体も頭も使うようにさせなきゃ。だからといって、言われなくなるとすぐに忘れる。やらなきゃいけないところをないがしろにすることが、学生の成長を止める。できるようになろうという学生は勝手にできるようになり、気がつかない学生は時間がかかる。力のない学生が力があるように誤解され、それで洗脳されてしまう。
ロースクールの発展を考えると、きちんと合格者を出すロースクールにしなくちゃいけない。1年だけの勝負じゃない。このロースクールは、ロースクール制度が存在する限り続いていく。合格率は低いより高い方がいい。おれが求めているレベルは相当高い。これでいいってことはない。もっと高い次元を目指しているが、いくら言っても理解できていない。本当は自発的に勉強してくれれば、厳しい授業なんていらない。本を読むのも、休むのも勉強。できないものが休んでどうする。できなくても、できるようになりたいという学生には手助けはする。
(登場するすべての人物、組織、制度は実在のものを想定するものではなく、仮にたまたま一致するものがあっても、それは偶然に過ぎません)
(平成21年11月24日)
平成21年2月10日(火)北陸中日新聞夕刊2面
・記事内容
小柴昌俊「この道(31)」
ノーベル賞学者の回顧録の連載。
電子・陽電子衝突型の加速器建設に伴い資金調達にせまられた筆者が、三菱グループの社長たちでつくる金曜会において研究について説明する際の話。以下、臨場感を出すため引用する。
「この会に出席して共同研究の計画について説明すると、幹事だった社長が『この実験は何の役に立つのか』と尋ねてきた。その時、私は『まずいな』と思ったけれど、『この実験をやっても産業に役立つような結果は得られません。ただ人類全体の知識をちょびっと増やすだけで、金銭的な見返りは何もありません』と答えた。すると、その社長は『先生のそのお答え、気に入りました』といって、旅費をポンと出してくれた。」
・コメント
近頃は、学際的研究などといって、分野の違う研究に触れる機会も多くなっている。金沢大学でも、平成20年4月の改組により、学域・学類、研究域・研究系制度を採用した結果、他分野の研究に触れる機会がより増した。
その際、気になることは、自己の従来の研究と比較し、「これが研究か?」という声が聞こえることである。これは、理系と文系で極めて大きいが、文系内部にもある。たとえば、理系の研究者は、文系の論文をみて、「これは単なる感想文だ」、「これが研究か?」などという。他方、文系からみれば、理系の論文など、単なる「観察絵日記」(実験、新薬開発、新療法)や「工作日誌」(新工法)にしかみえず、ましてや、「何の役に立つのか不明」(フェルマーの定理の証明、超新星発見。中間子の発見?−湯川先生すいません)というものも多い。「はい、そうですか。それで?」(お笑い芸人のギャグ)である。
それぞれの研究分野には、それぞれの研究課題があり、研究手法も様々である。その背後には、そもそも研究に対する「文化」の相違もある。すべて自分の尺度で他の分野も評価すると、相互理解は得られない。
さしあたりは、従来の経緯を踏まえた形で、他の研究分野の研究を尊重しあうことが必要ではないか。あらゆる研究は「ただ人類全体の知識をちょびっと増やすだけ」だという謙虚さを持ちながら。もちろん、批判すべきところは批判しあうとしてではあるが。
(平成21年2月12日)
平成21年2月9日(月)北陸中日新聞夕刊2面
・記事内容
中日新聞客員・学習院大学教授 佐々木毅「〈時代を読む〉世襲制と選挙制度」
昨今いわれている国会議員の世襲制と選挙制度についての主張。その問題の指摘と、中選挙区復活の動きに対する警鐘。
・コメント
内容は至極もっとも。ただし、私は、国会議員が「地元」を持つこと自体に疑問を感ずる。(参照)
(平成21年2月12日)
平成20年2月3日(日)北陸中日新聞朝刊26面
・記事内容
「司法試験合格しても・・・ 3人に1人就職難 08年の求人調査 『3000人計画』が裏目」
司法試験に合格し2008年中に弁護士登録を希望する司法修習生2200のうち、800人ほどが弁護士事務所など就職先を見つけられない恐れがあることが、日弁連の調査でわかった。3人に1人の就職難。
・コメント
こうなることは、当初、当然に予想できたのではないか。合格者をふやすのだから、質の低下も当然、「ワーキングプア・ローヤーズ」の存在も当然。当初の計画では、事実上、弁護士に市場原理を導入し、自然淘汰による調整をすることになるのは目に見えていたはずではなかったのか。霞ヶ関は、いつも、見通しが甘い。バブル崩壊しかり。ゆとり教育しかり。
(平成20年2月7日)
・コメント(増補)
ある制度を構築した人間と、その制度に問題が生じた時にたまたまその制度を担当している人間は、通常、異なる(制度構築と問題発生の間には、通常、タイム・ラグがある。普通は、問題が即座に生じるようなものはつくらないからである)。もちろん組織の中の問題だということもあるが、そのような観点からは、たまたまとはいえ、生じた問題の矢面にたたざるを得なくなる人間は、かなり不本意であろう。気の毒とさえいえる。問題が生ずるのがミエミエならば、なおさらである。
(平成20年12月22日)
平成20年1月25日(金)北陸中日新聞夕刊6面
・記事内容
「新司法試験『合格3000人』見直しも 法務省検討へ 質低下 早くも問題化」
鳩山法相は2010年以降の新司法試験合格者数を減らすことも選択肢に入れた見直しを始めることを明らかにした。政府は、司法制度改革審議会の報告を基に法曹人口司の拡大を決め、年間3000人を合格させる計画で、2018年頃までに法曹人口が5万人規模になると予測していた。しかし、司法研修所の卒業試験の不合格者が増えるなど「質の低下」が問題化。弁護士の就職難もあり、法務省内には、法曹の質の維持や需要動向が当初の予測と異なる場合、計画変更もあり得るとの見方が出ていた。
・コメント
…………。
(平成20年1月28日)
平成19年9月4日(火)北陸中日新聞朝刊2面
・記事内容
「司法修習修了試験 不合格最多の71人 最高裁が発表」
最高裁は、司法修習の修了試験で、修習生1468人のうち71人(4.8%)が不合格になったと発表した。
・コメント
以前行われていた「追試」は、行われなくなったそうである。この71人は、司法試験合格者だが法曹資格がない。すぐ下に書いてある通り、昨年は、16人で「急増」!だったのだが……。はたして、今回は、なんと形容されるのか?それにしても、約5%というのは、なんと20人に1人である。いや、逆に、95%も合格すると思っておこう。
(平成19年9月10日)
平成19年1月20日(土)北陸中日新聞朝刊12面
・記事内容
「司法修習生修了試験 不合格者が急増 すそ野広がりレベル落ちた? 先輩弁護士『受かって当然。かなり恥ずかしい』」
司法試験に合格した司法修習生が司法修習の修了試験として受験しているいわゆる「2回試験」の不合格者は、従来はほぼ0人で推移してきたが、2006年は、16人となった。この16人には、法曹資格はない。司法試験合格者が増え、レベルが落ちたのが原因ではないかといわれているが、最高裁は、今後の状況をみるとして、慎重。
・コメント
…………。
(平成19年1月22日)
平成18年10月19日(木)北陸中日新聞朝刊11面
・記事内容
「まるで中高生 大学生に”校則”」「茶髪、ピアスはダメ!」「秋田経法大『子ども扱い』不満の声」
秋田経法大は、学生の頭髪の染色やピアスの着用を禁じる「学生の頭髪および装身具に関する要綱」をつくった。指導しても違反行為をを改めない学生に対し、所定の手続きを経て懲戒することもできる。「善良な社会人を育成する大学の基本理念を具現化するのが目的」と説明しているが、まるで中学、高校並みの「校則」設定に、学生の間からは「なぜ、急にこんな規則を決めたのか」「子ども扱いだ」といった不満の声がわきあがっている。
・コメント
中学生レベルの人間が「大学」に籍をおいていると考えれば、なんら不思議なことではない。あるいは、中学校レベルの学校が「大学」を名乗っていると考えれば、なんら不思議なことではない。
(平成18年10月20日)
平成15年10月25日(土)北陸中日新聞朝刊23面
・記事内容
「図書館の役割」
2001年度の公立図書館での本の貸出冊数が5億2千万冊に及んだ。出版不況が長引くのにも肯ける。図書館はベストセラーを多数冊所蔵し、平均貸出回数は1冊当たり260回。他方で、調べもののために古い本を図書館へ探しに行って失望したことは1回や2回でない。図書館は、ベストセラーの陳列におわれ、学術書などの置く棚が苦しいのだろう。昨今の図書館は、何でも無料で貸してくれる途方もなく親切な大型書店のようである。
(作家:大崎善生の署名コラム)
・コメント
近頃は、本が売れないといわれる。その一端が公立図書館の「無料の」本の貸出にあることは間違いない。私は、基本的に本は買って読むものだと思っているので、毎月本の購入に多額の支出をしているが、他方で購入した本の置き場所にもかなり困っている。置く場所のことを考えると、借りて読むのも悪くなさそうである。ただ、それでよいのかにはかなり疑問がある。このコラムの筆者は作家であり、本が売れないと困るという事情もあるが、「自分の本」はかなりよいものである。
(平成15年10月29日)
平成15年6月26日(木)北陸中日新聞朝刊29面
・記事内容
「大阪の高校教諭 入試で”落第” 3割しか解けず免職」
大阪の府立高校の教諭が、担当の数学で、高校入試問題の3割しか解けず、大学入試センター試験も偏差値が45〜46、教員採用試験問題でも合格ラインに達しず分限免職になった。生徒や保護者から「授業が理解できない」「質問を無視する」「月曜は酒のにおいがする」などの苦情が寄せられ、2002年4月から校外研修をさせていたが、改善が見られないとのこと。
・コメント
近頃は大学の先生でもFDといって、授業方法の改善にも力を入れている。加えてこの教諭は、基礎的能力が欠けているようである。従来は、一度採用されると「終身雇用」に守られてきたが、大学で議論されているだけではなく、小学校、中学校、高等学校の先生にも任期制が必要か。ちなみに、私が生徒のときにも、似たような経験をした。もちろん、詳細は忘れてしまったが、印象に残っているので、こういうことがあったということは、今でも覚えている。数学の授業で問題を解く際、私は、論理にものをいわせて、解き方としては美しくなく、迂遠な解き方で問題を解いたようだが、きちんと正答が出ていた。先生の説明と解法が異なるので、先生に質問したところ、先生はその解法自体を理解されなかった(できなかった?)ようである。先生用の指導書に載っている?模範解答しか理解できないようであった。私は私の解法をかなり一生懸命説明した覚えがあるのだが・・・。その際、小学生の時の読んだノーベル賞学者の故湯川秀樹博士の伝記にあったエピソード(湯川博士は、試験の際、授業中に先生が説明した解法でなく、自分のやり方で解いたので、零点にされた上、先生にしかられたそうである)を思い出していた。もちろん、湯川博士の体験と私の体験は、まったく別個のものであり、湯川博士の場合は、先生の信念でそうされたようであるのだが・・・。
(平成15年6月28日)
平成15年5月25日(日)北陸中日新聞朝刊14面
・記事内容
「ドライバーに『声』は届く? 県警『交通マナーアップ運動』 減速、信号順守、迷惑駐車の一掃『常識』呼びかけ」
「石川のドライバーはマナーが悪い」という評判を返上するため、石川県警が「交通マナーアップいしかわ運動」を始めた。主な呼びかけは「スピードダウン(1割減のスピード、2倍の注意力、3分早めの出発)、交差点でのマナー(信号・一時停止の順守、早めの合図、進路の譲り合い、子供や高齢者の保護)、駐車マナー(幹線道路や駅、空港などでの迷惑駐車追放)である。ベテランのタクシー運転手の「曲がる間際に合図を出されたり、不意に車線を帰られたりはしょっちゅう。東京で同じことをしていたら、すぐ事故ですよ」という談話の紹介など。
・コメント
先の宮城県警の記事といい、警察は、ルールとマナーの区別が付いていないのではないか。ルールは、最低限、誰でも守らなければならないものであって、道路交通の場合には、道路交通法という法律がこれに当たり、自動車の運転者はこれを守る義務がある。他方、マナーというは、極端にいえば、出来たら他の人の利益になる、他の人に迷惑がかからない、みんなの利益になるというもので、従うかどうかは、極端にいえば、当人に任されている。上記の「マナーアップ運動」の対象には両者が混在しており、ある意味で、ルールをマナーの一部と考えているともとれる。
主な呼びかけのうち、「スピードダウン」に関するものは全てマナーである。また「交差点でのマナー」のうち、「信号・一時停止の順守」「早めの(法規に従った)合図」はルールだが、「進路の譲り合い」「子供や高齢者の保護」はマナーである。さらに「駐車マナー」の内容が「違法駐車追放」という意味ならルールである。
警察には、ルールを全員に守らせる義務があるといってもよいのではないか。他方、マナーは運転者当人の心がけである。野球でいえば、ルールブックに書いてあることがルールであり、全員が守る必要があるのに対し、バッターが早く打席に入るとか、デッドボールを与えたピッチャーが帽子をとって頭を下げるというのがマナーであり、アンパイヤは選手にルールを守らせる義務と責任を負っている。交通社会において警察は、野球のアンパイヤと同じである(但し、裁判まではしないが)。
同じように、一般の人たちの間でも、ルールとマナーの区別が付いていないのではないか。まずこれをはっきり分けることから始める必要がある。
(平成15年5月27日)
平成15年5月20日(火)北陸中日新聞朝刊12〜13面
・記事内容
「『二枚舌の金融庁が見捨てた』 共同法人は対立し直前離脱 手心か厳格か『4%』の攻防 りそな監査法人の内幕 依頼人と賠償責任・・・板挟み 『包囲網を悟り幹部決断』 ひと昔前なら、なれ合い当然・・・」
「金融庁はりそな銀行の監査結果に手心を加えるように指示したようですが、一方で『金融当局は監査過程に介入しない』と明言したそうです。つまり金融庁のお手盛りを認めた監査結果を出しても、『自分たちは関係ない』と言うつもりなんです。金融庁は二枚舌を使っている。私たちは金融庁から、もう見捨てられているんですよ」。りそな銀行の監査をしていた新日本監査法人の関係者A氏は、13日、新日本の幹部にこう訴えた。・・・・
・コメント
役所の二枚舌が大問題なのは昔から。「大本営発表」以来、嘘をつくのは日常茶飯事!?
(平成15年5月23日)
平成15年5月15日(木)北陸中日新聞朝刊13面
・記事内容
「挙手代わりに携帯メール 宮城教育大 講義に活用、シャイな学生に好評」
宮城教育大学で、挙手による発言をしたがらない学生対策のため、授業中に携帯メールを使い、匿名でスクリーンに映し出す方式で授業がなされている。参加学生は、「匿名だから言いにくい意見も言える。他の人の本音も見られるので便利だと思う」と話す。導入した先生は「双方型授業」の実現のため幅広い利用に意欲を見せるが、他の教授の「本音が言えるという利点を生かした取り組みで、面白い。ただ、学生が自ら手を挙げて発言することも表現力を高める上で重要。発言を引き出す道具として活用すれば良いのではないか」と言う。
・コメント
匿名だから発言するという点に潜む大問題を見落としている。言論の自由は、発言に責任が伴うということである。そのためには、発言は発言者名を伴うものでなければならない。特に大学教育の場では、(それ以前の高校教育では、事実上なされていない(に等しい)ようなので)自由には責任が伴うことが強調されなければならない。インターネットの掲示板などでも、匿名、あるいはペン・ネーム、ハンドル・ネームで書き込む人が多く、実名を公表しない。そのような書き込みには、かなり無責任なものも見受けられる。宮城教育大学の某先生の「取り組み」は、このような風潮に拍車をかけるだけではないか。「教育」大学の授業とも思えない。
なお、公職選挙などの投票に秘密投票が保障されているのは、まったく別の問題である。
(平成15年5月19日)
平成15年4月27日(日)北陸中日新聞朝刊23面
・記事内容
「県外出身者ビクビク 東北で最悪 仙台の交通マナー 赤でも横断歩道に歩行者 黄色信号=アクセルを踏め」
仙台市の交通マナーが悪く、宮城県警も「東北六県の中で最悪でしょう」(交通部)と指摘している。また、ある自動車学校は、仙台市内の交通情勢に早く適応してもらうため、特別授業を開き、「県外で事故につながらない運転をしていても、仙台では事故に巻き込まれる可能性がある」と指導の必要性を訴えている。
・コメント
道路交通法は日本国全国一律に適用されており、地域によって「交通ルール」が違うこと自体が異常である。交通ルールというものは、地域へ観光・出張などでたまたま来訪した者、ただ通り抜ける者にも等しく適用されなければ、交通安全は保てない。交通ルールには、「地域の慣習」はあってはならないはずである。また、宮城県警のコメントは、自分たちが仙台市内の「治安を維持していない」のを公言しているのと同じではないか。道路交通法を守らせるのが警察の仕事ではないのか。交通マナーが最悪ならば、警察はそのことを恥じるべきである。
(平成15年5月19日)